文庫版あとがき

期間限定特別公開:~6/30(火)23:59まで

あとがき

今日の日本では、七人に一人の子どもが貧困状態にあるとされています。

そう聞くと、多くの人は学校の教室を思い浮かべるのではないかと思います。四〇人学級では、クラスに五、六人ということか、と。自分のいた教室、子どもが通う教室、一、二人、思い浮かぶ顔があっても、五人まではいなかった(いない)のでは……。

その先に、恐ろしい考えが待っています。

また、マスコミが大袈裟に報道しているのではないか。もしくは、ここで言われる貧困とは、命の心配をする必要はないくらいの、ゆるいものではないか。案外、自分も貧困に分類された(される)のではないか(そうでない人が半笑いの気分で)。

自分の目に映るものだけで、社会を判断するのは危険なことです。

だって、自分は公立の学校に行って、高級住宅地ではない普通の場所で、それほど贅沢ではない生活をしている、平均的な日本人だ。そこで目に留まらない人が、いったいどこに隠れているというのか。そんなふうに考える人たちもいます。

それは見ようとしていないから。毎日歩く道端に、きれいな花が咲いていても、意識を向けなければ気付くことはできません。それほどに、自分のことだけで精いっぱいの人が、近年、増え続けているのではないかと思います。

他人に目を向ける余裕などないかもしれない。手を差し伸べるゆとりなどないかもしれない。だけど、同じ社会を生きている、割と近いところに、助けを必要としている子どもが存在するということを、知ってほしい。

知るという行為が、救済や抑止力につながることがあると、私は思うのです。

章子や亜里沙、作中の人物たちに起きた出来事を、大袈裟だと感じる人がいるかもしれません。何十年にわたってくまなく探せば出てくるレアケースを、一堂に会して、自分が目立つために、インパクトの強い物語を作ったわけでもありません。

すべて、現実でも、起きていることなのです。特別な場所で、ではなく、多くの人たちが普通だと感じている社会の中で。現在進行形で起きていることの、ほんの一部を切り取っただけなのです。

本書を読んだ方が、自分の目の前を走るバスを見て、あれに章子や亜里沙が乗っているかも、と思い浮かべてくだされば、うちの近所にはどんな子たちが住んでいるのだろう、と少し周囲を見渡してくだされば、『未来』という作品を世に出せた意味があるのではないかと思います。

(中略)

子どもの貧困問題は、私が一冊書いたところで何の変化をもたらすことのできない、厚い鉄の壁のような社会問題だと思います。それでも、本書を読んでくださった方の数だけ、壁に杭を打ち込むことができればいい。傷くらいつけられるのではないか。

そして、私にとってはそれが、貧困問題だけでなく、デビュー作から向き合おうとしてきた、いじめや家族の問題等、社会の中にある大きな壁に立ち向かう作品を書く力になるのだと信じています。

壁の向こうにある『未来』を、見てみたいとは思いませんか?

初めて書いた「あとがき」を含め、『未来』をお読みくださり、ありがとうございました。

二〇二一年 六月吉日

湊かなえ

※文庫所収のあとがきより抜粋